「高校野球」って青春のシンボルっぽい響きがありますよね。
もちろん主役は高校生。
野球部、吹奏楽部、チアリーダー、応援団。
そんな主役の後ろで応援していた、
私たち親にとっても
それは一生忘れないだろう、「青春」でもあった
・・・夏が来れば思い出す
今回はそんな話を書こうと思います。

自分の10代より熱かった、「高校野球母」の青春
小・中と野球チームに入っていた息子。
当然のように選んだのは、
地域で「強豪」の一角を担う野球部のある高校でした。
最初は「息子の応援」のつもりでいた私たち父母。
でも気づけば、
保護者である私たちも一緒に
戦っていました。
息子よりも早く起きていた朝。
栄養バランスと腹持ちを考えて作ったお弁当。
特に土日は必須だった送り迎え。
真夏も真冬も、居残り練習を待ちながら
駐車場で過ごした保護者同士のお喋り。
誰より白くなるよう、がんばった洗濯。
そして真夏、暑いスタンドでの応援。
自分の高校時代も、それなりに部活をしたり
友達と遊んだり
野球部の応援もしていたはずだけど
どう考えても、自分の10代より息子の高校時代のほうが
「青春」といえる熱さがあった気がします。
一喜一憂。息子より泣いた(かもしれない)あの夏
甲子園を目指す息子の応援は、一喜一憂の連続でした。
同じように何かを頑張っている子の親なら、
きっと同じ思いをしていると思います。
練習試合に出られる、出られない
Bチームでがんばっても、なかなかAチームに入れない
ミスをした帰りの車の中で、いつもより静か
活躍が続くと思ったら、ケガをする
本人の前では動揺を見せないけれど、
忙しくしながらも心の中はジェットコースターな毎日。
今日の練習試合、結果だせなかったな
落ち込んでるかな、
と思ったらお風呂からノリノリで歌う声が聞こえてきて
ホッとしたり(笑)。
最後の夏の県大会はその最たるもので
なんとかトーナメントを勝ち上がっていったものの
リードされての逆転だったり
ゼロゼロが続くなかで終盤での得点だったり
一試合一試合がジェットコースターのようでした。
勝利しての試合終了後、
整列して校歌をうたう息子たち。
いつもふざけてるヤツらが、
誇らしげに大きな口を開けて歌う校歌。
その光景が大好きで、毎試合同じ画だとわかっていながら
スタンドで校歌を一緒に歌いながら
望遠レンズを向けていたものでした。
どうか次の試合も、
そして甲子園でも校歌を聴きたいと祈りながら
スタンドから見た最後のジェットコースターは
まるで脱線したかのように唐突な終わりを迎えてしまいました。
呆然としながら応援席を降りていき
スタジアムの廊下で親同士抱き合って泣きました。
しかし学校に帰り、最後の監督の話を聞き終えた息子たちは
親が向けるスマホにさっぱりした笑顔を向けてくれたのです。
ああ、頑張ったんだね。
悔いはないんだね。
自然にそう思えるくらい、キレイな笑顔を見せてくれたことが嬉しくて、
「甲子園」には届かなかったけど
お互いに笑いあう子供たちを本当に誇らしく思えました。
しかし後で思い出すと
自分でも恥ずかしいほどの大泣きしたのですよ・・・。
いや、なんでだよ、と息子が見てたらツッコまれてたと思うくらい。
見られなくてよかった。
今でも心に残る、「家族の青春」
あの夏を思い出すきっかけはいくつもあります。
でも夫婦で今でも何度も見返してしまうのは、
息子が活躍したある一試合です。
最後の夏の県大会の中で、
翌日の地元新聞に名前が載るほど
活躍できた試合がありました。
ローカルチャンネルで試合の中継があったので
録画したその試合はDVDレコーダーにずっと残して
何年もの間、ふとした時にその試合を夫婦で観ています。
「このプレイがよかった」
「ここで打ったよね」
完全にオヤバカである。
大変なことも山ほどあったけど、
家族で高校野球にどっぷり浸かったあの日々は
息子にも、夫にも、私にも
今も心に残る大切な思い出になっています。
あれからもう何年も経つけれど、今も鮮明な、あの2年半。
あれは確かに、親にとってもキラキラチクチクと胸に残る
「青春」そのものでした。
高校野球のニュースを見るたび、あの夏が帰ってくる
夏の高校野球のニュースを見るようになる季節がきます。
もう年数が経ってしまったので
息子がいたチームは監督も変わり、
今年の選手は見知らぬ子ばかり。
それでも大会の開幕や、
あの学校の勝敗のニュースを見聞きするたびに
私の中に
あの夏の熱さが心に帰ってくる気がします。
(多分夫と、息子の中にも)
今年も大勢の野球部員やその父母のみなさんに
それぞれの熱いドラマが生まれることでしょう。
親にも高校生に負けない青春を
目いっぱい楽しんでほしいと願います!


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