私は長い間、自分は一生結婚しないものだと思っていました。
「結婚したくない」理由があったわけではありません。
ただ、そのような縁がなく、父の看取りや認知症となった母の介護問題、仕事中心の毎日を送り、
気づけば40代になっていたという感じです。
プラスして自分の「家族」にコンプレックスもあり、
いつしか「一生、結婚はないな」と思うようになっていました。
だから45歳で結婚(というか、入籍)することになった時、自分でも少し不思議な気持ちでした。
でも実際に結婚してみると、思いもしなかったことで戸惑うことになります。
今日はそんな話です。
結婚より先に戸惑った「名字が変わること」
結婚といえば改姓ですよね。
当たり前といえば当たり前のことだし、若い頃はあまり考えたこともありませんでした。
でも45歳にもなると話は別です。
私の旧姓は少し珍しい苗字だったこともあり、子供のころ珍しすぎて嫌だったこともあっ生まれてから45年間のうちに愛着もついたその名前で、ずっと暮らしてきたのですから。
仕事でも長くその名前を使っていましたし、取引先とのやり取りもあります。
いきなり別の名前になったところで、自分でもピンと来ません。
書類を書いても旧姓を書きそうになるし、ちょうどその頃、名前(署名)を書きまくるであろう仕事も控えていたので、
結局、会社では旧姓使用制度を利用することにしました。
結婚した、そのものより、
「自分の名前が変わる」
という事実のほうが戸惑いは大きかったかもしれません。
45歳で「結婚します」がちょっと恥ずかしかった
今なら笑い話ですが、当時は結婚することをあまり大きく言えませんでした。
なんとなく気恥ずかしかったんです。
会社の同期にも、事前にはほとんど話していませんでした。
社内報で結婚が知られるまで、かなりの人に内緒にしていました。
後から
「えっ!?結婚したの!?」
と驚かれたことを覚えています。
中には「自分だけ知らなかったなんて、ショック・・・」
と落ち込んだ人もいたと聞いて、申し訳なかったです(笑)
45歳の初婚には、若い頃とはまた違う照れくささがありました。
夫には中学生の息子がいた
そして結婚と同時に始まったのは、夫との二人暮らしではありませんでした。
夫には中学生の息子がいました。
野球に夢中の育ち盛り男子です。
つまり私は、
新婚生活と同時に家族生活を始めることになったのでした。
一番戸惑ったのは「ごはん」だった
結婚前の私は、一人暮らし。
食事も自分中心です。
大人なんて、何食べてもいいじゃないですか(笑)
ぐったり疲れた日は、お惣菜のポテサラとお菓子のコロンだけ、なんて日もあったくらい。
ところが結婚した途端、
夫と中学生男子の三人分。
しかも野球をやっている育ち盛りです。
私は本気で思いました。
「この育ちざかりに、いったい何を食べさせたらいいの?」
量がわからない。
必要な栄養もわからない。
好き嫌いも把握してない。
お腹が空くタイミングもわからない。
自分ひとりの暮らしでは考えたこともなかった悩みでした。
結婚生活どうこうよりも、
まずは日々の家族の胃袋を満たすためにスーパーの中を右往左往していた記憶があります。
気づけば新婚生活はなかった
まあなんだかんだで、私たちは結婚式はしていません。
お互い、義理立てする両親や親戚もほとんどいませんでしたし。
ひとり、記念写真だけでも撮りたいなとかと思ったのですが、夫はまったく興味なし。
そして息子は学校と野球で大忙し。
結婚した翌日から、
朝ごはん。
学校。
野球。(送迎+土日のお弁当)
送迎。
夜ごはん。
洗濯。
そんな現実の生活が容赦なく始まりました。
ドラマで見るような新婚生活は、一度も経験していません。
それも当時は少し戸惑ったことの一つだったかもしれません。
でも、それが私たちらしい結婚だった
今振り返ると、
私が思い描いていた結婚と、
実際の結婚はずいぶん違いました。
でもその代わり、
最初から「暮らし」がありました。
特別なイベントではなく、
毎日のごはんがあって、
洗濯があって、
学校や野球があって。
気づけばそんな日常を積み重ねてきました。
それは決して華やかではなかったけれど、
私たちらしい家族の始まりだったように思います。
おわりに
45歳で初めて結婚して、一番戸惑ったこと。
それは夫婦のことでも、義実家のことでもありませんでした。
育ち盛りの中学生男子のごはん問題です(笑)
人生は思っていた通りには進まないものですね。
でも、遠回りしてたどり着いた場所にも、ちゃんと暮らしはありました。
そしてその暮らしは、思っていたよりずっと賑やかで楽しいものでした。
ヒトナミではない私の人生で得た、とても大切な宝物です。


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